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才能と努力。よく聞く『割合』論。才能は必要だけど努力は不要

      2019/03/08

才能ってなんだと思いますか?努力ってなんだと思いますか?

何かを成し遂げるためにはどちらの割合が多ければ、成功すると思いますか?

才能がなければ、どんなに努力をしても『そこそこ』の結果しか得られることはできません。

更に言うと、才能がなければ、どんなに努力をしても『無駄な努力』となってしまいます。

『才能』と『天才』は違います。『才能』とは『向いている』ということ。
そして、その『才能』を続けて取り組むという『才能』によって、伸ばしていきます。
そこで、誰でも到達できない位置に到達できる人と、できない人が生まれてきます。
ですから、到達できない人は努力が足りないのではなく、到達できる人が持つほどの『運』がなかっただけであったり、続けられる『環境』になかったというだけの話なのです。

何事も、結果ではなく、プロセスが重要なのではないのでしょうか?
大成したかどうかは、周りではなく本人が決めること。

才能を伸ばすために続ける努力をしている過程が大事なのであり、結果が全てではないということ。
そう、努力しなくても結果が良いこともあります。
さらに言えば、努力し続けても結果が出ないことのほうが多いのです。

精神論や根性論を捨て、自分(才能)を活かす生き方を探ってみましょう。

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才能があればどのくらい努力するべきなのか割合を知りたい

「才能」とはそもそも何なのでしょうか。好きな事に対して才能が見いだせなくて、そのまま努力だけ続けていても、何の結果も残せないのではないかと考えてしまう親御さんもいるでしょう。自分の子供に才能があるのであれば、できる限り伸ばしてあげたいと考えるのが親心です。

才能は、環境や訓練で得ることができます

脳は徐々に変化するからです。そもそも好きでなければ、才能を得ることはできません。親がその事を見逃している可能性もあります。

才能を伸ばすには続けることが必要になります。才能を手に入れるためには様々な経験や練習が必要なのです。好きという事自体が、既に生まれ持った才能であると言っても過言ではありません。

続けても苦痛でなければ努力することができます。目的を得るための好きという気持とは違います。なんとなく好きという生まれ持った感情の中にある気持が、既に才能と言えるでしょう。

「才能」と「努力」には割合という考え方は存在しません

才能に努力が合わさることで、そこに結果がついてくるという訳でもありません。

要するに、才能に努力が掛け合わさってこそ、そこに結果が生まれて来るのです。

脳は環境によって変化すると述べたように、才能は、遺伝とか、そういうものでもありません。才能をみつけたいのであれば、環境や経験、訓練で脳を変化させていくことが大切になるでしょう。

才能と努力はどのくらいの割合で?なんて言うけどそもそも才能とはなんなのでしょうか

「才能」とはなんなのかと、努力に対しての結果が伴わない場合に頭を悩ませる人も多いと思います。うちの子には才能がないのではなどと悩む親もいるでしょう。

「才能」とはそもそも、何の事を差すのでしょうか。「物事を成しうる生まれつきの能力」とか、「個人の素質や訓練によって発揮される物事を成し遂げる力」というような答えが考えられます。

生まれつきの能力ならば、努力しても無駄なのではないかと考えてしまうこともあるでしょう。どのくらいの割合で努力しながらを突き進んで行けばよいのかなどと、つい模索してしまいがちですが、そこに答えなど見いだせない人が殆どです。

訓練によって発揮される物事を成し遂げる力なのであれば、一見、努力=才能のように思われます。

実際は、成功した人の中には、好きだという気持や情熱を絶やさないという能力を才能と呼ぶ人もいます。あながちこれは間違ってはいないように思います。

自分に向いていること、楽しいこと、好きなこと、ワクワクする事を見つけるというのは勿論「才能」です。しかしこれをずっと続けるというのは、一見「努力」のように考えがちです。しかし、努力だけで続けていると、結局のところ疲れてしまいます。長続きはしません。

コンプレックスなど関係なく、とにかくそれを続けられるということは、ある意味「才能」なのです。好きという情熱を絶やさないでいられるかは、とても大切な才能です。。

才能と努力の割合について。才能があって努力すれば開花するとも限らない

「才能」があっても思い通りにいかない人もいます。才能と努力の割合で結果がどう変わるかという事を考える前に、とにかくその楽しいという気持を絶やさないで、続けてみることこそ才能の一つと言えるかも知れません。

人は常に才能と努力の割合について考えようとします

それは、努力した事に対しての結果が伴っていないからと言えるでしょう。

では「努力」とは何なのかという疑問もそこに立ちはだかってきます。努力すれば才能がなくても、本当に報われることはできるのかという疑問です。

「努力」とは「心を込めて事にあたること」とか、「ある目的を達成するために気を抜かず力を尽くして励むこと」という定義があります。

努力とは自分がもっている精神的な力を外に出して取り込んでいくことなのかも知れません

しかし、どんなに時間をかけて努力して取り組んだとしても、それが開花するとは限りません。才能が合っっても努力をすれば、開花するとも限らないのです。

努力というのは、成功して結果が伴った人が、過去を振り返えって使う言葉とも言えます。努力したからこそ結果につながったというのは、成功したからこそ言える言葉なのです。
才能だけあっても、人は開花することはできません。努力を身に着けた人こそが、本当の才能を持った人といえるのです。

努力は裏切らないという意味の裏には、成功があり、そこには努力が伴っていた事が窺えます。

自分の『才能』を知りたい!

果たして自分の「才能」とななんなのか、自分で気づけていない人も多いと思います。分からないからと言って、親に自分の才能は何なのかと聞いたり、自分の才能を教えてほしいと友達に相談する人なんて殆どいないはずです。

親自身だってそうです。子供の才能が分からない、分かっていないからこそ、悩んでいるはずです。分からないのですから、勿論、子供の才能は何なのかを具体的に述べることなど出来ません。

中には、自分の才能に気づいている人もいます。どこかでみんな、自分の才能に気づきたいと思っています。埋もれている才能があるのであれば、見つけなければもったいありません。

才能を見つけるには、過去の経験が大いに参考になります

例えば、楽しかったこと、人に褒められたこと、乗り越えることで成果が出たことなどを思い出してみて下さい。
その事を、頑張ることができた理由は何なのでしょうか。なぜその行動をとったのでしょうか。その答え中に、才能は隠れているます。

中には、それほど頑張らなくても意欲が湧いてきたり、やる気が出ることもあるでしょう。努力しなくても自然と結果に結びつくこともあります。自然にいつも行っている事は、その人にとって全く特別なことではないので、自分でその才能に気づけていない可能性があります。実際、それが才能と言えます。才能があるからこそ、苦痛だと感じずに続けられるのです。

みんなが気にならないのに、その人だからこそ気になるということもあるでしょう。それは、その事に対してこだわりがあるからに他なりません。こだわりの中に才能が隠れていることもあります。

もし、それでも「才能」がなんなのか分からないという人もいるはずです。そんな時は一番身近な人に、聞いてみるのも手です。客観的に自分を見ることなどなかなかできません。しかし、人に聞くと見えてくることもあります。

才能を相談するということ自体、恥ずかしくて出来ないという人もいるでしょう。そこは意を決して思い切って聞いてみることです。
何人かにきいてみると、同じ返答が帰ってくることもあります。それが、その人の特徴だからです。その特徴こそが「才能」です。強みとも言えるでしょう。

才能を努力で伸ばすことはできても、補うことはできない

「才能」は生まれ持っているものという考え方の人もいると思います。恵まれている人にしか、才能なんて存在しないのだと考える人もいるかも知れません。

果たして、恵まれているということは何なのでしょうか。家庭環境、体型、性別、財力、知能など色々考えられます。世の中には、全てを完璧に備えている人もいます。勿論、そうでない人もいます。

恵まれている人が、恵まれていない人を羨ましいと思っても、どうすることも出来ません。補う事は出来ないのです。

「才能」自体は「努力」で伸ばす事ができます

それは、その人自身が変化させていけるものの一つだからです。成果に結びつけることができるのです。

才能を伸ばす努力の中に、しっかりとした信念があるかどうかはとても重要です。信念がなければ、どんなに恵まれていても、伸びることはありません。努力の中に信念がなければ、結果は出ないのです。

恵まれていたとしても、その才能に気づくことなく、人生を過ごす人もたくさんいます。逆に、恵まれていなくても、その力を存分に発揮して、才能を開花させる人もいます。
結局のところは、自分次第なのです。才能や努力の割合を考えたところで、そこに答えがないのは、分かりきっています。

好きなことを、嫌いにならずに貫き通せる気持ち、継続するその信念やモチベーションが、「才能」であり、実績を出すには更に「努力」が必要になります。

要するに「才能×努力=成果」と言って良いでしょう。
どちらかがゼロになってしまえば、どちらかが大きな割合を締めていたとしても、成果はゼロで終わってしまいます。

才能が生まれ持ってのものであるのならば、努力の量や価値を増やすしか、成果を大きくする方法はありません。努力でしか才能を調べる方法はありません。必要なのは、努力するという才能を引き出すその能力に他なりません。

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